ジョン・アンド・メイブル・リングリング美術館

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ジョン・アンド・メイブル・リングリング美術館
はサラソタにとってなくてはならない大切な場所です。敷地内には、美術館や庭園、邸宅の他に、サーカス展示場があり、はじめての訪問者は少し戸惑うかもしれません。

どうしてアート美術館にサーカス展示場があるの?
リングリング夫妻ってだれ?
どうして夫婦の名前がついているの?
敷地内の邸宅に住んでいたの?

ここでは、そんな質問にお答えします。


ジョン・リングリングって誰?

ジョンは1866年にアイオワで生まれました。両親はドイツからの移民で、馬具の職人でした。

サーカスのピエロをしていたジョンとその兄弟は、1888年にはリングリングブラザーズとしてサーカス小屋の経営をはじめ、それが大当たりすると、動物たちとともに列車で全米を移動する、アメリカ初の移動サーカスビジネスを展開させました。

1905年に、ジョンは39歳にしてメーブルと結婚。その2年後にリングリングブラザーズは、バーナム&ベイリーショウを買収して、ショービジネスのトップに躍り出たのでした。
その後、リングリングは列車や石油、不動産や他の企業に投資しながら急成長を続け、1925年には彼個人の資産は当時の200億円になっていたのです。

海外旅行中のジョン・アンド・メイブル・リングリング夫妻
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サラソタにやってくる

ジョンの兄であるチャールズがサラソタの不動産を買いはじめたのをきっかけに、ジョン夫妻は1912年におなじくサラソタの水際に20エーカーの敷地を購入。暖かな冬をそこで過ごすようになりました。サラソタの小さな町をすっかり気に入った彼らはコミュニティで活動しながら、その他の不動産も購入。一時期にはジョンとチャールズの2人でサラソタの25%以上の土地を保有していたそうです。

フロリダの人気が高まるにつれ、ジョンはサラソタを洒落た冬のリゾートにするがごとく土地を発展させ、リングリングサーカスの冬場の本部もここに移すことに決めました。


リングリング美術館のはじまり

20世紀に入ると、多くのアメリカ人大富豪がヨーロッパで美術品を買い集める風潮が高まり、ジョンとメーブルもルーベンス、エルグレコ、ゲインズボロなどの偉大な芸術品を買い集めるようになりました。
NYにある超高級オークションでも歴史的な家具やタペストリーを競りおとし、NYとサラソタの自宅に置くようになりました。

これらの多くは現在、リングリング美術館および敷地内にある彼らの別荘に置かれています。別荘は Ca’ d’Zanと呼ばれ、こじんまりとした建物ですが案内係りの人の説明を聞きながら見てまわることもできますよ。湾に面した広いテラスはウエディングフォトやパーティ、イベントとしても超人気で貸し切りで利用することもできます。
この屋敷にはメーブルの魂が宿り、夜になると彼女の声が今でも聞こえる。。と何かの本で読んだことがあります。


pic from wiki

その後の活躍と晩年


1926年にアメリカン・サーカス・コープレーションを買収すると、ジョンは兄の死をきっかけにリングリング・サーカスのマネージメントを任され、全米ツアーを続行。内気な印象を与える大柄な彼は、高級仕立てのスーツに身を包み、葉巻と自分のブランドのバーボンをこよなく愛する紳士だったそうです。

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1925年にジョン・リングリングはタイム誌の表紙を飾り、アメリカの長者番付13位として紹介されました。

ところがそうした幸せも長くは続かず、1929年の世界大恐慌を機に経営も傾き、愛するメーブルの死と、その翌年に迎えた2人めの妻との不仲などがジョンの健康に影響をおよぼして、アメリカのサーカス王と呼ばれた彼も1936年に70歳にして、NYのパークアヴェニューの自宅で息を引き取りました。



NYの自宅で息を引き取った2人の望みは、ここサラソタで永眠することでした。さまざまなトラブルを経て、2人の遺灰は一時的に貧困層の墓場に移されたりもしたようですが、現在はぶじに、リングリングの敷地内に落ち着いています。リングリングを訪れる方は、是非、この場所にも足を運んでみてください。


当ブログでは、リングリングの話題はまだまだ続きます!

以上、ソースはringling.org

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