映画「グレーテスト・ショウマン」とリングリング&バーナム・サーカス

ringling.org

リングリング美術館の敷地内にあるサーカスミュージアムは、今はなきリングリングサーカスの歴史を学ぶことができる場所です。
私も子供が小さいときにはしょっちゅう訪れていました。パフォーマンスがあるわけではないのですが、列車で移動していた当時の巨大なサーカス村の光景を忠実に再現したミニチュアが素晴らしくて、大人だって惹かれてしまいます。

リングリング・サーカスの起源

リングリングブラザーズ、ワールド・グレイテスト・ショウはもともと1884年にウィスコンシン州リングリング家の5人兄弟によって結成されたサーカス団でした。彼らの名前はアルバート、オーガスト、オットー、チャールズ、そしてジョンとヘンリーです。ジョン・リングリングは、もちろんこのジョン・アンド・メーブル・リングリング美術館および敷地の所有者でした。


彼らの両親はドイツからの移民者であり、もともとの名前はRüngelingだったのを、アメリカ移住に機にRinglingに変えたそうです。家族は移民先のアイオワ州からやがてウィスコンシン州に越したということですが、その頃のウィスコンシン州と聞くと昭和生まれの私はどうしたって、子供の頃に見ていた「大草原の小さな家」を思い浮かべてしまいます。リングリング一家も、ああした環境の中で家族仲良く、平和に暮らしていたのかもしれませんね。

1907年になると、リングリングブラザーズはさらに発展してバーナム・ベイリーサーカスを買収。The Greatest Show on Earthという宣伝とともに活躍をはじめます。


映画「グレーテストショウマン」

ヒュー・ジャックマン主演のミュージカル映画「グレーテストショウマン」は、かつてリングリングサーカスが買収したバーナム・ベイリー・サーカスをもとに描かれています。

ハリウッドのミュージカル映画はあまり好きでない私も、リングリングの思い入れがあるので、さすがには感動しました。好き嫌いは別れるかもしれませんが、私は劇場で見ることができてよかった!

キャストも演出もダンスも音楽もストーリーも全部好きでした♥
リングリングのサーカスミュージアムと同じく、ちょっとすべてを美化しすぎている気はしますが。。。笑



たとえばこの髭面の女性や、小人、シャム兄弟などの芸人たち。



すべてが美化されているリングリングのサーカスミュージアムではそうしたイラストもポップに描かれて夢のある不思議な世界に招かれたような気持ちになるし、この映画では彼らが自分達の居場所を求めてやってきたというように描かれていますが、実際はどうだったのでしょうね。「フリークショウ」という見世物小屋にいたということですが。。


ロマンティックな人気シーン



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感動した!という高レビューがついてますね。



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リングリング&バーナム・サーカス


話は少し戻りますが、1882年に、リングリング兄弟は自分たちでサーカス団をはじめていました。5人兄弟はウィスコンシン州のタウンホールをまわって芸を披露していたのです。



wikiより

正式名を"Ringling Bros. Variety Performance" として近くの町をまわり、翌年にはアメリカの東北部をまわりました。それによる収益で、衣装を揃えてサーカスとしての規模を大きくしながら、1884年には訓練をほどこした馬や熊を舞台に加えるまでとなりました。

その年、リングリング・サーカスはヤンキー・ロビンソン・サーカスを買収。当時、大人気だったバーナム・アンド・ベイリーズ・サーカスのライバル相手にのしあがりました。

バーナム・アンド・ベイリーズ・サーカスの当時のポスター「フリークショウ」




それを映画化したのが、前述したヒュー・ジャックマン主演の「グレーテストショウマン」です。

ライバル会社となったリングリング兄弟とベイリーは話し合いの末、活躍の場を分かち合うことに賛同すると同時に、リングリング兄弟はベイリー・サーカスの一部を買収して、その地域の活動権利を得たのです。

1906年にバーナム・アンド・ベイリーズ・サーカスの所有者であるベイリーが亡くなると、リングリングが一部を引き継いだものの、翌年にはまるごと買収することに。世界第一次大戦が始まって観客や芸人が兵士になるため消えてゆく中で、リングリングブラザーズとバーナム・ベイリーサーカスはひとつになることに決めたのでした。




現在のサラソタでは

残念ながらリングリング・ブラザーズは2年前に長い歴史を終えました。おおざっぱに言えば以上がサラソタの街がリングリングサーカスの恩恵を受けながら発展していった経歴です。
現在のサラソタで引き継がれているサーカスは以下のとおり。



サーカスサラソタ

サラソタの常駐サーカス。サイトを見ても分かるとおり、子供達のトレーニング、地元貢献、チャリティ、イベントなどさまざまな活動をしています。
創立者はドーリーという女性で、父親は、かつてリングリング・ブラザーズ・サーカスで40年以上も活躍していたレジェンド的な存在のピエロでした。母親はNYでモデルをしていましたが、結婚を機に夫とともにサーカスのパフォーマーに転身。

ドーリーは子供の頃から芸を学び、16歳にしてリングリングブラザーズにて空中曲芸パフォーマーとしてデビュー。彼女の才能は世に認められて空中の女王と呼ばれ、モナコの国際サーカスフェスティバルに2度も招かれ、レディ・オブ・ザ・サーカスを受賞。米国で最も名誉ある賞を受賞するという、サーカスへのパッションが深すぎる女性です。

また、綱渡りパフォーマーとして有名なワレンダもこのサーカスに属しています。ワレンダに関しては別記事もぜひお読みください↓


●セーラーサーカス

サラソタ高校のすぐわきに小さなサーカス小屋があります。昔はそれが何なのかよく分からず、子供達がサーカスパフォーマンスを習う場所だと理解していました。子供の友達の中には放課後に通っている子もいたので、たまにパフォーマンス見学に行くこともありました。

1949年に設立され、サラソタ高校の体操プログラムの延長として始まったということを知って、納得。今でも生徒たちによるパフォーマンスセッションが行われ、ボランティア活動なども盛んに行われています。

将来的にシルク・ドゥ・ソレイユに入団したいという夢がある子供にとっては素晴らしいスタートを切れる場所だと思います。



●リングリング・カレッジ

リングリング美術館と同じ通りに存在するリングリング・カレッジ・オブ・アート+デザインはデジタルアニメーションの分野で高い評価を受けている美術大学です。2017年度の全米アニメーション美大ランキング50にて3位にランクインしてるほどです。
この大学とリングリングの関係性ですが、大学が敬意を表してリングリングの名前をもらったとwikiには書いてあります。

こぼれ話

サラソタはリングリング・サーカスの影響を大きく受けた街だということが分かっていただけたかと思います。けれど日常生活レベルでは、サーカスを身近に感じることはそれほどないし、誰もがサーカス好きというわけでもなく、10年ほど前には、クラウン・ヴァンダリズム(ピエロ破壊)と呼ばれる事件も起きました。
期間限定で街のあちこちに置かれたピエロ、およびそれと同テーマのアート像お50体のうちいくつかが、壊されたり、いたづら描きされたり盗まれたりしたのです。1体につき数千ドルの損害でした。

ピエロの銅像は展示終了後にオークションにかけられて、収益が子供病院への寄付金になるだったのに、首をもぎ取られるなど、ダメージを受けた像は修復不可能な状態でした。裕福層も多く、比較的に治安も良いサラソタで、誰が何のためにそんなひどいことをしているのでしょうか?

もっとも多くささやかれていた声は、ピエロ恐怖症の人たちによる仕業ではないかとのこと。ピエロは人々を楽しませる一方で、不安を感じさせる存在でもあります。

Coulrophobia(ピエロ恐怖症)

恐怖感を感じる理由として「メーキャップされた顔からは、感情を読み取ることが出来ないから」「欧米ではサーカスが身近で、物心付く前、なんにでも恐怖を感じる年齢の時にピエロを見るから」「バットマンのジョーカーなど、ピエロの一般イメージを逆手にとって、逆に悪役パターンが多く、そのイメージが定着した」などの説がある。wikiより

ピエロの恐怖映画もありますね。
ところ1999年には日本人画家の岡部文明氏がサラソタにやってきて150点のピエロの絵画を4カ月間展示したことがあるそうですよ。
岡部文明
https://bokabe2019.info/

また、数日後に公開となる話題の映画「ジョーカー」の上映機関に、マスク、フェイスペイント、コスチュームを身に着けての来場を認めないとした全米規模の映画館も出てきたようです。

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