セント・ピートのフォートデソト・パーク【フロリダ】


今日のデソト・ビーチ(センピ)


センピのフォート・デソト・ビーチを散歩してきました。
場所はセンピの南端。サンシャイン・スカイウエイ・ブリッジのセンピ寄りの場所からはるか西側に見える場所にあたります。私はこれまで訪れたことがなくて、州立公園になっていると知らなかったので、その広さに驚きました。

ビーチやパークに行く途中のTierra Verdeにはバケーションレンタルのような小さなコンド/アパートが並んでいますが、コロナウィルスの影響でさすがにガランとしていました。





パークとビーチは今週から再オープンされたばかり。



パトロール中なのか、警察の車が止まっています。美しいサンセットの時間なのに、人影もまばら。

反対側には、長くのびたピアが見えます。
そのずっと向こうにはサンシャイン・スカイウエイブリッジ。


ウエブサイトを見ると「白いビーチが7マイルにわたって続いている」とあるのですが、シエスタやクリアウォーターのように白いパウダー・シュガー・サンドではないし、州立公園のため周囲に豪邸やホテルが並ぶわけでもなく、かなり素朴な風景に見えます。




現在のサンセットは8時ちょっとすぎです。
息を飲む美しさ!フロリダ西海岸では、ほぼ毎日といっていいほどこうした絶景を楽しむことができます。月によってかなり変動があるので、サンセットを見に行くときには日没時間をチェックしてください。


デソト(Desoto)とは?


フロリダにはDesotoという地名が多く見られますがの白人の遠征隊を率き、ミシシッピ川を白人として最初に発見したエルナンド・デ・ソトが、やはり由来なんでしょうか。(Wikiでチェック)

1541年5月8日に、ヨーロッパ人としてはじめて、デ・ソトはミシシッピ川を発見しました。

BUSHOO!JAPAN 武将ジャパン

これほど名前が残されているのだから、英雄かと思いきや、

1539年、スペイン人のエルナンド・デ・ソトは、中米ハバナから船を使ってフロリダ南西に上陸し、ティムクア族、カルーサ族の領土を通って北上した。ソトは自らを「不死の太陽王」と名乗り、500人以上の軍勢を率いて南東部各地を回り、様々なインディアン部族を虐殺した。
スペイン人たちはフロリダ周辺のインディアンに伝染病を持ち込んだため、多数の部族が消滅した。一方で豚や馬を持ち込み、これはインディアンの文化にも採り入れられた。】Wikiより

なんとも残酷な歴史を作った人なのでした。

。。。とはいえ、

先住民の協力を仰ぎ、衝突を避けるために、デ・ソトは自らを神と称することもあった。「デ・ソトは先住民の太陽崇拝を利用していた。イチシ族の村でも、“自分たちは太陽から降りてきた者だ”と説明した」。グラス・サイトには大量虐殺や破壊行為の痕跡がないことから、探検隊は滞在中に歓迎されたようだ。

という記述もあり

歴史にうとい私に真相は分かりませんが、是非もっと彼についての本を読んでみたくなりました。おすすめがあれば教えてください。



   

フォートデソト・パーク

この州立公園は、その名の通り、城砦(じようさい)跡です。
1898年にアメリカ合衆国とスペインの間で起きた米西戦争のさいに建てられました。

オフィシャルウェブサイト

パーク案内のパンフレット


この公園には1,136エーカーもの敷地があり、本土に沿ってのびる以下の5か所の半島を含んでいます。

Madelaine Key
St. Jean KeySt. Christopher Key
Bonne Fortune Key 
Mullet Key

アメニティ

●タンパ湾とメキシコ湾に、それぞれ釣り桟橋
灯台のある孤島、エグモントキー州立公園に行くフェリー乗り場
Paws Playgroundとよばれるドッグビーチ
トイレ、シャワー設備を備えた238ヵ所のキャンプ場
●ピクニックテーブルエリア
●ハイキングや自転車トレイル
●2.25マイルのカヤックトレイル
●クォータマスター博物館
●ピクニックシェルター
●トイレ、売店

幾度となく受賞した白い砂のビーチ、と書いてありますが、私がとずれたノースビーチは白い砂ではなかったので、それが季節によるものなのか、エリアが違うのかは不明。
ただ、前述したように素朴な美しさで人々を魅了しているということはよく分かりました。
毎年270万人以上もの人たちが訪れているそうです。



デソトパークの要塞や大砲の展示


1898年にスペインとの戦いにおいて、ここで砦の建設が始まったものの起きな戦いには至りませんでした。また、大砲も、発射することはなかったとのこと。
1930年代から40年代にフォート・デソト・パークの所有権は何度か変更れ、1938年に連邦政府が購入。1941年には第2次世界大戦に使用するため連邦政府に売却。その後、1948年に米国政府から買い戻され、1962年12月21日から一般に公開されています。


機会があったら、是非訪れてみてください

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