風情豊かなローゼ―・パーク【セント・ピート@フロリダ】

http://www.historicroserpark.org/ion

フロリダは、基本的には山も丘も坂道もないまっ平らな土地です。


そのせいか、トロピカルな風景は心が洗われるほど美しくても、どこか風情というものに欠けている気もするのですが、セント・ピートのダウンタウン近くで、なんとも愛らしい界隈に遭遇してしまいました。

その名は、Historic Roser ParK。

緑に覆われた、閑散とした美しい住宅街です。

他と大きく違うのは、ちょっとした坂の上に家々があるところ。大袈裟に手入れされていない自然な緑に囲まれているところ。そして、なんといっても、今にも崩れ落ちそうな古いコテージが次々と現れるところ!

絵本の中に紛れ込んでしまったみたい。パークという名前だけど、公園とも違う。住宅街の名前なのでしょうか。




ローゼ―・パークとは?


フロリダには珍しく、坂のある小さな住宅街で、コンドやレストラン、ホテルやビジネスがめまぐるしく発達しているセント・ピートのダウンタウンはずれに位置したエリアで、国認定の歴史登録財に登録されています。

この界隈で見られる家々はバンガロー、ヴァナキュラー建築、プレリースタイル、クラフツマンスタイルなどなど、およそ173軒。

とにかく家々が古い!個人的には、なんとなく伊豆周辺をふと思いだしたりして、情緒たっぷりの光景を楽しみながら散歩しました。

ローゼ―パークの創立者


20世紀のはじめに、オハイオ州に住むローゼ―氏が、このエリアに目をつけたのがはじまりと言われています。

1864年、オハイオ生まれのローゼ―氏はアメリカ在住者なら今でも口にしたことがあるかもしれない、このクッキーの創立者。
このレシピを開発して、巨大な富を築くという、アメリカンドリームを実現したのですね。

レシピは大手の会社に買い取られたものの、最終的にナビスコが買収したときにはローゼ―の名前は記録になかったとも言われています。

そのために、彼が手にした富がどこから流てきたのかも今となっては分からない、とも言われていますが、そんなことはともかく、

彼は1910年に妻とともにセント・ピートに来てデベロッパーとなり、近所にマウンドパーク病院(非営利)の看護婦のための家や、黒人のためのマーシー病院を設立し、5エーカーの土地を学校に寄付。また、その界隈に店やレストランも建てました。

1911年にはその界隈のオレンジ農園を買い取って、ローゼ―・パークのサブディビジョンの開拓をはじめ、当時はまだまだ珍しく高価だった煉瓦を道に敷き詰め、ダウンタウン以外で初の住宅地をつくりはじめました。

その界隈に自宅も建て、さらに土地を買い取り、家を増やしていったものの、1918年に敷地内を流れるブッカ―クリークをふくめてすべてセント・ピート市に寄贈。

ということで、ローゼ―・パークというこのエリアが正式に誕生したということです。

敷地内に公園を作ったり、看護婦の家を作ったりと、地元に貢献してきたものの、市からの援助金を決して受け取らなかった彼は、1937年に73歳にして、マウンドパーク病院にて、その人生を終えました。





ネイティブアメリカンたちの塚

そういえば、通りにはこんな説明もありました。
屋外ミュージアムと言われるだけあり、通りのあちこちに、こうした説明書きがあります。




この界隈を散歩していると、こんもりと盛り上がった丘のような部分があるのですが、そこがまさしく、タコバガン族というネイティブアメリカンが作った塚(マウンド)の跡地。

実に12,000年前に、遊牧民の狩猟採集民が住み着いて塚をつくり、11世紀にヨーロッパ人が攻め込んでくるまで、ここで暮らしていたとのこと。

このあたりは、真水が流れているために暮らしやすく、16世紀にはトカヴァガ族(toka vaga)が住み着き、その頃の土器や塚が最終され、20世紀のはじめには、ちょっとした観光地になっていたそうです。

このあたりに塚が多かったため、近くに建てられた病院はマウンドパークと名付けられていたのですね。

残念ながら1930年に、この界隈の路地を作るにあたって次々に取り壊されてしまったとのこと。ここに建てられたコテージの土台になっている部分が(丘のように盛り上がった部分)唯一その名残りということで、

もしかして、貴重な塚を壊しちゃったのが、あのローゼ―氏なのであれば、文化史跡としてキープせず住宅地にしちゃったのはどうなの?と思わなくもないのですが。。。。その辺りのことはよく分かりません。


ローゼ―・パークの場所(マップ)




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